2018-11-25【富士の山ビエンナーレ2018】もうすぐ閉幕

10月27日にオープンした富士の山ビエンナーレ。今週末に早くも閉幕を迎えます。ブログでは15人の参加アーティストによる作品の見どころを一挙ご紹介。これから観に行こうという皆さんはぜひお見逃しなく。

 

富士の山ビエンナーレ2018参加作家の皆さん

富士本町エリア

@イケダビル 富士市本町8-4

【思い出と未来】

小林久人の#私の考えるスルガノミライ

 

社会とのつながりや自分の内面と対峙しながら制作する浜松出身の小林久人の写真作品。浜松の普段からよく行く海辺に防潮堤が建設されはじめたことに衝撃を受けて撮影を始めた。防潮堤と言えば、3/11の東日本大震災の復興事業を思い起こさせる。海に行くためにはコンクリートの護岸を超えなければならない状態になりつつある日本の現状を写真で切り取ったこの作品に、自然と人間を分断する危機感を見るか、それとも別のミライを見い出すか。

【境い目の住人】

本原令子の#私の考えるスルガノミライ

 

作品展示場所の池田ビルから下水処理場まで、陶器で作ったキッチンシンクを背負って歩いていくという映像と地図で構成されている作品。本原は「地球の水の量は変わっていない、単に循環しているだけで、人間である自分たちも循環の一部であることがテーマ」と語る。その人間が取り込む前の水を上水、取り込んだ後を下水と名付けていることから、本原自身が上水と下水を切り替わる境い目として下水処理場まで歩き、その循環を視覚化している。

【変わらぬ未来へ】

山崎吉広の#私の考えるスルガノミライ

 

地元で働きながら絵画を描き続ける山崎は、もともとは漫画家志望で、現在はモノクロームのペン画で表現を探求しているそうだ。一連の絵画作品は山崎が好きな地元の場所を描いている。その画風からは平穏な毎日を思い起こさせ、観る人にゆったりとした気持ちにさせながらも、よくよく見ると作者が考えるミライはこんな場所になっているかも、という表現が混在している。

【Ue】

望月章司の#私の考えるスルガノミライ

 

2006年に写真を撮り始めるまで、芸術活動とは一切関係ない生活を送っていた望月は地元でお茶農家を営んでいる。1910年代に発明された農薬は、近代農業の幕を開け、安定的に大量の食料供給に大きな役割を果たした。しかしそれでも尚、地球上から飢えがなくならない矛盾を本作品は暗示している。

【繋】

大輪龍志の#私の考えるスルガノミライ

 

竹を素材にした大掛かりなインスタレーションの本作は、本芸術祭実行委員が所有する竹林から102本を採取し、1本を10で割って合計1020本で制作したものだ。「人と自然」が制作テーマである大輪は庭師でもある。水が豊かな富士地域に思いを馳せ、水を司る神として龍が天をつないでいく営為をイメージしたそうだ。この作品の背景には富士山を見ることができるが、その対比構図の力強さと絶景に思わず息を呑む。

【祖母によせて】

原田賢幸の#私の考えるスルガノミライ

 

原田の祖母はかつて一人で暮らし、誰にも看取られず急死した。遺品を片付けに行った原田は、彼女が使っていた様々なモノが、祖母と原田との思い出を語っているように感じたことから、いろんなものが動き、人の気配を感じられる本作品を制作した。その背後にある思い、これから人口は減少していく、しかしモノは逆に溢れていく、そしてモノには記憶が宿り続ける、日常品に私たちは何を委ねて、そして諦めて手放していくのか、一緒に考えていきたいと作家は語った。

@旧加藤酒店 富士市本町30

【機械ゴーストの空間ドローイング】

原倫太郎の#私の考えるスルガノミライ

 

キネティックアートの系譜に連なる、「動く」作品を作り続けている原は、蔵の暗闇を一瞬にして富士山のモチーフを含んだミライの世界へ変容させた。ハイテクなメディアアートと思いきや、よく耳を澄ませると、実はモーターなどの電力的動力を使い、滑車で動かしているところに新鮮な驚きや素朴さ、親しみを覚える。

@旧小長井米店 富士市平垣本町5-33

【Jomon Bocci 02 Fujiyama Future】

木内雅貴の#私の考えるスルガノミライ

 

写真や映像を使い、自然と文明の分岐点をテーマに制作する木内は、前回の作品では縄文人に扮して、富士川を遡り、富士山の山麓にある洞窟に辿りつく、という映像作品を展示したが、続編として、その縄文人が洞窟で1000年後のミライの夢を見る、という映像を制作した。縄文人がミライからみると、現代の我々の生活は一体どのように記憶されうるのだろうか。

由比エリア

@大法寺 静岡市清水区由比676

【第二十五・五番札所】

入江早耶の#私の考えるスルガノミライ

 

絵や印刷物を消しゴムで消した時に出るカスを用いて、消したモチーフを造形する作品が特徴的な入江は、製紙の発展と関係が深い富士の地と異国の関係に注目した。製紙に使用される木材チップなどを輸入している国の神様に思いを馳せ、そこの紙の神様が、展示されているお寺にどのようにたどり着いたかをストーリー仕立てに作品化した。頂上に君臨しているいろんな神様が混じった像は、トイレットペーパーの包み紙を消しゴムで消したカスで作られている。

蒲原エリア

@旧五十嵐歯科医院 静岡市清水区蒲原3-23-3

【July-October.2018】

カトウマキの#私の考えるスルガノミライ

 

作品が展示されている旧五十嵐邸を中心に、蒲原には趣ある旧宿場町の香りが残る建物が多く存在している。その蒲原を何度も訪れ歩いた静岡出身のカトウは、そこで目にした、人間と営みの場と植物の関係に注目し、建物に蔦の絡まる様子を描く。人間と植物は将来、どのような関係性に向かうのか、彼女なりのミライをそこに投影させている。

【歯痛リサイタル】

メランカオリの#私の考えるスルガノミライ

 

今年に入って、作家自身が歯痛を経験したことから本作は生まれた。占星術に詳しい彼女は、星の巡りと地球、人間の関係を占いに見出していて、歯は個人と社会を結ぶ接点の役割を果たしている。そして歯が痛い、ということはその人間と社会の関係と役割が変わっていっている兆候と読み解く。作品制作のために訪れた富士川で無数にある石が地球の歯に見えたことから、それらの石を、まさに旧五十嵐邸の重厚な歯科医院であった場所に、さりげなく、かつ巧妙に計算された場所に置き、人間と社会の過去とこれからのミライを問うている。

富士川エリア

@小休み本陣 常盤邸 富士市岩淵455

【Paper Watching-神探し-】

飯田竜太の#私の考えるスルガノミライ

 

富士市の産業を代表する製紙に目を向けた飯田は、紙の原料となる木材チップが海外から富士に来るが、そのもとの姿に思いめぐらせた。まだ木のままであった頃、その木のまわりに共生していた鳥や植物、生き物を、紙を媒体として新たな表現の形に落とし込んでいる。

@富士市商工会富士川事務所 富士市岩淵6-3

【巨人と箱】

北川貴好の#私の考えるスルガノミライ

 

アーティスト北川が巨人に扮し、まさに鑑賞者の目の前に広がる風景を操ろうとする姿を鑑賞者は、開放的な部屋の、なぜか仕切られた小部屋に入ると目撃することになる。映像が終わり、部屋の外に出ると現実と虚構の境界線が消える錯覚が起こる。その瞬間に鑑賞者は北川の世界に否が応でも引きずり込まれるのだ。

@富士川民俗資料館 富士市岩淵8-1

【音の生活2】

西原尚の#私の考えるスルガノミライ

 

富士川民俗資料館を展示会場とした西原は、音作りを特徴とする作家で、過去、この家に住んでいた人たちの音や声に思いを馳せながら制作した作品である。まるで秋のお寺の雰囲気を思い起こさせる梵鐘のような音、現在展示されている民具がかつて使われていた頃の音、展示会場の襖の裏にある落書きをも感じさせるような、かつての住民の営みの息吹きを感じさせる音が藁葺き屋根の空間でじんわりと鳴りながら見る者の中に入ってくる。

@池谷商店テント倉庫 富士市中之郷732

【其の後】

望月章司の#私の考えるスルガノミライ

 

【Ue】に続く2作目の展示となる本作品は、お茶農家である望月が、まだ動くが、新しい機械が販売されると、買い替えのために使われなくなった茶葉刈り取り機を組み合わせて風車を作った。本来の刈り取り機としての役目は果たし、引退した機械も、まだまだ自由な発想で楽しませることができる。丁寧にメンテすればまだまだ人生を楽しめる。高齢化が進む社会に我々はどう老いと対峙し、生きていくのか、望月は問いかけているのではないだろうか。

@池谷商店木造倉庫 富士市中之郷732

【5ポケットを超えるものは作られないと思っていた。】

井田大介の#私の考えるスルガノミライ

 

農業と衣服の歴史からミライについて考える映像インスタレーション。馬が引っ張っても破れないリーバイスのジーンズは大規模な動力を手に入れる前の時代の象徴。しかし映像で見るのは、そのジーンズを破ろうと引っ張るトラクター。それは人間の近代化の象徴であり、ジーンズとトラクターの鬩ぎ合いは、まるで自然と行き過ぎた効率化の間を、葛藤しながらミライに向かおうする私たちをあらわしているかのようだ。

 

佐野 直哉コーディネーター